乾燥化が心配な天生湿原

6月3日午前、岐阜県北部を横断するR360で天生峠に到着、
この時期の天生湿原に入るのは初めてでした。
すでに東海北陸自動車道のトンネルが地下深く貫通しているので、
湿原の乾燥化が懸念になっていました。
一昨日まで雨天の日々が多かったので、
今回は長靴をザックに詰めて入山しましたが、
その必要性はなく、邪魔な荷物となりました。
しかし、過去の体験では最初の湿原から先はねかるんでいるのが予想されたが、
やはり乾燥化が進んでいることを直感しました。
トンネルの貫通は最近でも、掘削工事は何年も前に完了してますから、
その影響はずっと前から蒙っていることでしょう。
できれば高速道路は他のルートを選んで欲しかった。
――わざわざ迂回して籾糠山の下を貫通するのでなく!
この日、奥地の湿原の水芭蕉&リュウキンカとブナ原生林は
見事な野趣を堪能できました。
途中で一眼レフを片手に地面に這い蹲る様に撮影に励む中年女性と出会い、
軽く会話を楽しみました。
女性でもいるんだな、自分のような単独行を楽しむ人が……。

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縄文的価値観

Mapkotago  もう10年くらい経ちますが、奈良県吉野郡川上村の上多古川林道を行き止まりまで遡りました。その周辺の植生が不自然に感じたので、帰途に川下の集落で古老に尋ねました。矢納谷出合と呼ばれる周辺は、戦後ある時期までブナ林に覆われていたそうです。
その後林道の延長につれて皆伐されたそうです。
 写真は川沿いの七尋滝ですが、杉が植林されているのですが、こんな奥地でもご覧の通りです。この風景から何を感じ取るかは主観的なものですが、原生に近い自然林が伐採されて杉が植林されたことを知る私は、元の植生を想像して現在の貧相な植生を嘆いてます。
 Kotagosugi 専門家の調査によれば(北村昌美|1995)、日本人には針葉樹の一斉林好みの傾向が強いとのこと。杉林の林相が広葉樹に比べて整然として秩序だっているというので日本人好みだそうだ。しかし、それは太古の昔から広葉樹の中で暮らしてきた、日本列島の原住民の価値観ではなく、征服者とその子孫の価値観を反映しているに過ぎない。ここ吉野川の流域には、近年に縄文時代の遺跡が発掘されたし、国栖の伝説で有名な原住民が、古墳時代にもなお石器時代のような生活をしていたのである。この秋にも、また上多古川林道を遡り、古老の住んでいた集落を訪ねてみたい。

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うんざりする杉の植林

自分のよく出かける関西の山間フィールドには、杉の植林が圧倒的に多い。中には吉野郡のような歴史の旧い植林地帯も少なくないが、目立つのは戦後の拡大造林の時代に植林された森林である。元々の植生は平地から山麓にかけて常緑照葉樹で、奥地は落葉広葉樹に違いなく、奥地ではブナ林も珍しくなかったであろう。

杉や檜一辺倒の植林の歴史は古く、奈良時代から寺社建築のため杉や檜材の需要が高まっていた。ただし当時植林技術があったとは考え難く、あっても規模は小さくて、大規模な植林は近世以降とされる。そして昭和の敗戦後しばらくして、山地の至る所を杉の植林で覆い尽くしたのである。戦時中の乱伐に加えて、山地にも人手が余っていたので、その進捗ぶりは異様であったろう。

中部から東北日本に盛んであった、いわゆる拡大造林の典型は関西では少ない。国有林ではなく主として大規模な民有林、および山村の小規模な私有地や共有地に、杉(一部は檜)を植え尽くしたのである。したがって林野庁のような官主導ではなく、地主とか森林組合、農協とか商工会が主導したと言い得る。その結果として、今日に見る単調で貧相な植生と花粉症の源が形成されたのであるから、これは取り返しのつかない、回復不能な昭和の愚挙であった。

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絶望の森林浴

森林浴という言葉は1980年代後半のリゾートブームの頃からよく使われるが、人々の生活習慣は勿論、行動目的とは無縁であることを知るために、少し旧い書物の引用であるが、[北村昌美|1995「森林と日本人」]の中で最も注目した個所を紹介する。―――――――――――――――――――――――――――
実際に林内を歩いてみて、散歩の目的で歩く人に出会うことは、日本ではきわめてまれといってよい。たとえば散歩のために設けられた「県民の森」などの遊歩道でさえ、そこを歩く人は来訪者の中でもごく少数だという調査例がある。私の研究室が1985年の夏のある日、山形の「県民の森」で行った調査では、中央広場を利用した人々のうち遊歩道を歩いたのは、わずか5%という結果であった。
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この調査結果は実感できるが、あくまで整備された施設の中での事例である。自分のように未整備というか手付かずの大自然の中でブナ林散策をする者にとっては、同じ目的の入山者に会う確率は更に低く、殆ど絶望的である。

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私のブナ林ベスト10

私の踏破したブナ林ベスト10を掲げます。西日本に偏っていますが、選考の基準は下記の要素を総合勘案しました。□ブナ純林の規模、密度□静寂さと原始性の保持□幹の高さ、通直性と太さ
なお順位は点数に関係なく、単なるJapan 踏破年月順です。

1.ブナオ峠周辺(富山県南栃市)1998年7月
2.大白川キャンプ場周辺(岐阜県白川村)1998年7月
3.姥ガ岳山麓(福井県大野市)1998年7月
4.奥裾花自然園(長野県鬼無里村)2002年5月
5.カヤノ平高原(長野県木島平村)2002年10月
6.関田峠周辺(長野新潟県境)2004年10月
7.蓮華温泉周辺(新潟県糸魚川市)2004年10月
8.大山登山道(鳥取県大山町)2005年9月
9.白馬登山道(長野県白馬村)2005年10月
10.位山峠遊歩道(岐阜県萩原町)2007年6月

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ブナ林の魅力

Photo なぜブナ林か?それは先ず美林だから。日本海型のブナ林の植生は多様であり、ブナの純林といっても高木層だけの話で、(亜高木も含む)中低木層と林床には様々なフロラが構成されている。だから美林といっても、杉や松のように整然とした単一樹木の森林ではなく、原生的な植生(日本海型ブナ林の特徴でもある)が織り成す美林である。これによってブナ林に踏み込むと体が癒される。(写真は岐阜県大白川キャンプ場|2001年10月)

次に希少価値だから。杉や松のように何処にでもあれば、遠方へわざわざ探訪することはない。「遠くて高い」ブナ林の占有面積は、国土の何%も有しない。せいぜい5%程度か、もっと少ないかも知れない。

第三に日本列島の先住民を育んだ、原始の森であること。それを知ることによって、ブナ林に踏み込むと心が癒される。私は外見的には渡来系の形質が優先しているが、潜在的には先住民の血は受け継いでいるのだ。そのことをブナ林は教えてくれる。

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遠くて高いブナ林

自分の住まいである大阪府八尾市から見れば、日本海型ブナ林は遠いし、険しい林道を登った奥地の高所にあります。いちばん近くても滋賀県北部の生杉辺りか。ここは1997年以来何度も通ったが、名神高速を利用するので高いし、最近のガソリン高騰では尚更。

ブナ林の質量に拘れば、どうしても宿泊の旅になります。家族の世話がさほど負担にならなかった5年前には、新潟や長野へよく通ったが、近年は富山や岐阜止まりです。

次に、費用ではなく行路が「高い」話ですが、ふつう千メートルは登る必要アリ。ブナ林の近くまで車道が整備されていることは少なく、脚力に自信のない自分にはひと苦労することが多い。傍目にはこれほど苦労して、何を物好きなと笑われるかも知れない。そこまで人を惹きつける魅力が、ブナ林にはあります。

写真は富山県(今はどちらも南栃市かも)旧上平村と旧福光町の境界にある、ブナオ峠付近で、これだけ見事なブナ林にしては足場が抜群に良い。Viviobunao

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